FXライフ 42 中部アフリカの通貨 中央アフリカとブルンジ

1960年にフランスから独立した中央アフリカ共和国は、クーデター、独裁政治、兵士の反乱事件が繰り返して勃発した。この国の経済は農業が主体だが、不安定な政局が続き、崩壊状態にある。また飲料水の絶対的な不足が続いており、大きな問題となっている。鉄道すら敷かれていない内陸国という地理的条件から、貿易に関する輸送は1,400キロ離れたカメルーンのドアラ港または、1,800キロ離れたコンゴのポワント・ノワール港経由となるためコストが高く、国際競争力を低下させる大きな原因となっている。近年では国家歳入不足を原因とする公務員給与の未払い問題が深刻化している。


GDPは1.3%(2004年)、2.2%(2005年)、3.8%(2006年)と伸びているが、もともと人口の9割が貧困層にあり、世界174カ国の最貧国の中で154番目に位置していることから、特定の層が大きな収入を得ている様子が見てとれる。370万人の人口のうち100万人以上は孤立し、保健医療、教育、その他基本的なサービスを受けられない状況だという。また20万人もの国内避難民が存在し、食糧確保が不安定で人口の約15パーセントがエイズに苦しめられている。通貨は、ガボン、カメルーン、赤道ギニアなどと同じく中部アフリカ諸国銀行(BEAC)発行のCFAフランだ。


実は地下資源は豊富で、ダイヤモンドやウラン、金などが主要輸出品となっている。特に1914年にダイヤモンドが発見されて以降、鉱業が活性化。輸出総額の50%以上を占めるダイヤモンドは同国の貴重な資源となっている。ダイヤモンドの貿易相手国はフランス、米国、イスラエル、ドイツなどだ。この貿易で獲得した外貨がどこに蓄えられているのかは不明だ。


中央アフリカ同様、内陸に位置するのがブルンジ共和国だ。ルワンダ、コンゴ民主共和国、タンザニアと国境を接する国土は北海道の3分の1にすぎないが、人口密度はアフリカでは最も高い国である。1962年にベルギーから独立後、今日に至るまで民族紛争が続き、1993年には内戦に発展。アフリカでも特に経済開発が遅れた国であり、またマラリアが風土病として蔓延していることもあり、世界最貧国のひとつに数えられている。従来は社会主義諸国寄りであったが、現在は近隣諸国や先進諸国との経済協力を重視した現実的全方位外交をとっている。通貨はブルンジ・フラン(BIF)。


主要産業は、労働人口の90%以上、GDPの50%以上を占める農業。主要な輸出産品はコーヒーと茶だ。1993年までは自給的農牧業が主で、キャッサバ、サツマイモが栽培されるなど食糧自給が行われていたが、内戦勃発以降は、小国で人口密度の高い内陸国という地理的制約もあり食糧援助に頼っている。金、スズの鉱産はあるが、道路が未発達なので開発が進んでいない。


1980年代後半には世界銀行とIMFが実施する開発途上国へのプロジェクト「構造調整計画」を実施し、農業生産力の強化を中心に産業基盤運輸施設の整備を推進した結果、GDP実質成長率は向上したが、1990年代は政情不安による構造調整計画の放棄、1996年の近隣諸国による経済制裁のため、再びマイナス成長に陥った。2004年には国連PKOが同国に派遣され、世界銀行とIMFの主導によって復興プロジェクトが進展。


2006年11月には、東アフリカ共同体(EAC)への加盟が承認されるなど、東アフリカ諸国との関係強化を進めている。2006年にはGDPが5%を記録しているが、これは同国に滞在しているPKO部隊が飲食や日用品を購入したことによる内需で、輸出による外貨獲得ではない。米国、フランス、ベルギーなどが主要援助国で、日本からの無償資金協力は2005年度までに149.72億円と発表されている。


By Master K/益田 慶