100年企業 34 産業別100年企業 建設業界前編
元請負者として各種の土木・建築工事を一式で発注者から直接請負い、工事全体のとりまとめを行なうゼネコンから紹介しよう。受注高1兆円を超える大手5社(鹿島、清水、大成、大林、竹中)はすべて「100年企業」だ。
最も古い歴史をもつのが、1610年に初代・竹中藤兵衛正高が名古屋で創業したのを起源とする竹中工務店だ。大手5社のうち唯一の非上場企業。竹中藤兵衛正高は織田信長の元家臣で、神社仏閣の造営を得意とした。明治に入り、欧米の建築技術を導入。1899年、14代竹中藤右衛門が神戸に進出したことが、飛躍のきっかけとなった。
世界に開かれた神戸港を核に神戸の都市化が加速し、建築物の請負いが急増したのだ。会社組織にしたのも早く1909年。1923年には本社を大阪に移した。主な施工実績は、東京タワー、国立劇場、東京ドーム、新丸ビルなど。同社は自社が手がけた建築物を「作品」と呼び、作品至上主義を貫いている。社長は代々竹中家から出ている。大阪を基盤とすることから、関西経済界では旧三和銀行の色が強い。
清水建設は1804年、日光東照宮の修理に参加した大工の清水喜助が江戸・神田鍛冶町で創業したのが始まり。腕が見込まれて得意先が増え、「清水屋」の看板をあげて棟梁となる。江戸時代には、江戸城西の丸の再建工事や、井伊直弼から横浜の外国奉行所の建設を請負っている。これが「清水屋」が発展する契機となった。幕府御用達の工事が増えたのだ。明治に入ると、渋沢栄一の助言を受け、創業家は経営を離れ、会社として数多くの建造物を請負うようになり、建設業界のトップの地位を築く。主な施工実績は、大阪国際空港ターミナルビル、シャープ亀山工場、横浜スタジアム、ヒルトン東京ベイなど。
1840年創業の鹿島建設は、大工の鹿島岩吉が江戸で開業したのが始まり。明治に入って「鹿島組」と改称。鉄道建設、ダムや発電所の受注で規模を拡大した。完成まで17年の歳月を要した難工事「丹那トンネル」は有名。1990年に退任した8代目社長鹿島昭一までは、創業の鹿島家が歴代社長を輩出してきた。6代社長の渥美健夫と7代社長の石川六郎は、鹿島家の娘婿として鹿島に君臨した名物経営者であった。主な施工実績は、青函トンネル、西武ドーム、フジテレビ本社ビル、国立新美術館など。超高層ビル事業を得意とする。関連会社の数が多く、鹿島グループを築いている。
大成建設のルーツは、1873年に大倉喜八郎が設立した大倉組商会だ。したがって旧大倉財閥系列。大成建設に改称したのは1946年。超高層ビル、ダム、橋、トンネルなど大規模な建築土木工事を得意とする。近年では、アラブ首長国連邦のパーム島の海底トンネル工事、ボスポラス海峡横断鉄道トンネル工事の受注によって海外でも注目を集めた。
大林組は、1898年に大林芳五郎が大阪で創業した土木建築請負業「大林店」がルーツ。竹中工務店と同じ大阪を基盤とする企業だが、1970年に東京本社、大阪本店に改めた。建築新技術の開発に定評がある。主な施工実績は、大阪毎日新聞本社、甲子園球場、六本木ヒルズ森タワー、表参道ヒルズなど。歴代社長は3代まで創業家の大林家から誕生したが、以降は輩出していない。現会長大林剛郎氏は3代目社長・会長の次男。副社長、副会長を経て現職に至るが、社長は経験していない。大阪商工会議所副会頭、関西経済同友会常任幹事も務めている。
建設業界の市場規模は約60兆円。「100年企業」の大手5社は海外進出を図る一方で、準大手との業務提携や吸収など淘汰・再編が進むであろう。
By Master K/益田 慶