100年企業 46 産業別100年企業 専門メーカー・小売店編
寝具・健康機器・インテリアの製造卸売業の「西川産業」は、グループ会社に小売り専門店を展開している。近江商人の初代仁右衛門が1566年、近江八幡町に蚊帳・生活用品販売業を始めたのを創業としている。したがって「創業440年企業」だ。江戸幕府が開かれると江戸・日本橋に出店し、1706年には江戸町奉行から蚊帳問屋に指定。あわせて弓問屋を営み、9代目甚五郎は幕府の御用弓師となり、弓の運送・販売の独占を認められた。また、京都や大阪にも出店していった。1887年に京都、大阪の両支店でふとんの製造・販売を開始。
西川グループが広く認知されるようになったのは、1950~60年代の高度経済成長期に始めた合繊安眠わたや洋掛ふとんの製造・販売においてだ。それは、日本人が少しずつ豊かになり、睡眠にも投資できるようになったことを物語っている。やがて西川産業は、西川、西川リビング、京都西川、心斎橋西川など、地域や業態別に子会社化し、原料の調達、製造、運送、販売から廃棄ふとんのリサイクルまでグループでまかなえるようにしていった。ちなみに現会長の西川甚五郎氏は、西川家第14代当主である。
和文具や香などの製造・販売を営む「鳩居(きゅうきょ)堂」は、熊谷直心が1663年に京都で薬種商「鳩居堂」を開いたことを起源としている。薬種の原料が「香」と共通することから、1700年代に薫香線香の製造を始め、同時に薬種原料の輸入先である中国から、書画用文具の輸入販売を開始する。同社のブランドが全国区の知名度を得たのは、合せ香が皇室御用達であったからだ。1880年には宮中の御用に対応するため、現在の銀座に東京出張所を開設。1942年に製造部門と販売部門を分離して会社組織にし、1982年に東京鳩居堂銀座本社ビルが改築。銀座・中央通りに面した同社ビル前は、2008年度まで23年連続で路線価日本一の場所として知られている。
果物の輸入・販売の専門会社「千疋(せんびき)屋」は1834年、武蔵の国埼玉郡千疋の郷(現在の埼玉県越谷市千疋)の侍であった初代弁蔵が江戸・日本橋に「水菓子安うり処」の看板を掲げ、果物と野菜類を商う店を構えたのがルーツ。2代目は著名な料亭に商品を納品したことから信頼性を高め、徳川家御用商人となる。3代目が経営の近代化に着手し、逸早く外国産の果物を輸入。ここに日本初の果物専門店が誕生した。明治に入り、京都千疋屋、銀座千疋屋をのれん分けし、フルーツパーラーも開業。その後、フルーツ専門店のブランドとして君臨し、大手百貨店にテナントには欠かせない存在となっている。
「千疋屋」と競合する「新宿高野」も、フルーツの老舗小売業として有名な企業だ。初代髙野吉太郎が1885年、新宿に繭仲買・中古道具を本業とし、果実を副業とする「高野商店」を開業したのが創業だ。その後、フルーツの専門小売店となり、洋酒、缶詰の販売、ケーキの製造販売も手がけるようになる。同店を有名にしたのが、高級フルーツの代名詞、桐箱に梱包された「マスクメロン」だ。
現在に至るまでタカノブランドを代表する商品といえよう。1926年にはフルーツパーラーを開店。現在、フルーツの小売り部門は「新宿高野」、フルーツパーラー部門は「タカノフルーツパーラー」の社名で分離して運営している。ちなみに、現社長の髙野吉太郎氏は4代目にあたる。
余談だが、同じ新宿エリアに老舗の「中村屋」があるため、「中村屋」でカレーや中華まんを食べ、「タカノフルーツパーラー」でデザートを食せば、「100年企業」をハシゴすることになる。
By Master K/益田 慶